熟年離婚の危機を乗り越え、愛犬と共に再構築へと歩む夫婦 ②

「まあ生きてりゃいろいろあるからね。話は聞いてみる、って連絡を待ってたんだ。すると何考えてんだか平日の23時頃に掛けてきてさ、せめて事前にいついつ相談したいけどって女房に言っときゃいいのに、常識のないヤツだと思ったけど堪えて話を聞いてみたんだ。そしたらまあ案の定、図に乗って堕落した経営者のテンプレみたいなものでさ。店舗を増やして事業を拡大したのはいいけど自分が厨房に立たない店をいくら作ってもね、他人に任せるって簡単に考え過ぎてんだよ。目の届かないところが出てくると従業員なんて雑になってくるさ。結局、評判も落ちて経営が悪化して、まあ、よくある話だよ」

時間もないだろうから、早く返事をするけど少し考えさせてくれ

フミオさんはそう言って、奥さんと話し合いました。

「二百万、貸してくれって言うんだ。そのくらいの金はあるけど簡単に貸せる額じゃないよね。女房は大学まで出してもらった兄貴だから助けてやりたいだろうけどさ、もし返ってこなかったら不幸になる人間が増えるぞ、って忠告したんだ、すると涙目になってね。ごめんなさい、なんとか助けてあげて欲しい、って言うんだよ」

奥さんの気持ちを汲んでフミオさんは義兄に二百万を振り込みます。

「店を一店舗に戻してね。一からまたやり直して早く返済できるように頑張りたい、って、泣きそうな声で謝る義兄の言葉を俺も信じてね。でもその時にはもう逃げる気だったんだ。こっちは皆まんまと騙されたわけさ」

音信不通となった義兄。フミオさんは東京に足を運びます。

「まず店に行ったんだ。すこし通りから入った隠れ家的な店でね。モノトーンカラーで統一された店の外装は洒落ててね。そのまま営業できそうだったけど、中は散乱した書類が床に転がってて、何も無くてもぬけの殻だった。自宅のマンションもインターホン何度鳴らしても出やしないし電話もメールも無視。手に入れた金でトンズラしたってことだよ。一からやり直すなんて同情引くような嘘までついて逃げたんだよ。腹の虫が収まらなかったよ俺は」

帰ってきて奥さんに報告します。

どうやら居なくなったみたいだ。と

「すると女房はさ、どこ行ったんだろう、身を寄せる先があるのか、無事なのかって言うんだ。俺は絶句したよ。呆れてしばらく言葉が出なかったね。怒鳴りそうになるのを一呼吸置いて我慢して、何いってんだお前、二百万持って逃げたんだぞ、旨いもんでも食ってのんびり寝てんだろ、って言ってやったんだ」

迷惑をかけて申し訳ないけど、そんな言い方しないで、と奥さんが反論したそうです。

「すごいよね、開き直りというか図々しいというか、俺も頭にきてさ、義兄も義父に似たんだな、追い詰められたら逃げ出すんだな、って」

頭に血が上ってつい、口をついてでた言葉でした。

奥さんの顔から表情が消え、うっすらと目に涙が浮かんでいるように見えました。そして涙を隠すように無言で寝室に去っていったそうです。

それから数年が過ぎても義兄から連絡はなく、フミオさんと奥さんの関係も冷えきったままで、家庭ではお互いに顔を合わさずに済むようにしていたそうです。

「会話があるのは必要な時だけ、でも建設的な会話なんて一切しなかったからマイホームも買わなかったよ。会社の連中からも、家建てないんですか、なんてね。不思議がられてさ」

奥さんと比べ娘さんとはまだ会話があったというフミオさん。進路や他にも相談事や日常的な会話はしてきたそうです。

「大人しい子だけどね、ちゃんと俺にも報告や相談してくれてね。女房を交えず本人と直接話してたんだ。年頃になってもちゃんと話せたから娘のことは大体把握できてたね。こんな冷めた家庭でもグレずに育ってくれて感謝してるよ」

フミオさんにとってそんな自慢の娘さんは、大学進学を機に家を出て一人暮らしを始めることにします。

子供がいるからと離婚を踏みとどまるご夫婦が多い反面、大学進学や就職など、子供が巣立ったタイミングで離婚に踏み切るご夫婦も多いのですがフミオさんと奥さんは、どのような選択をしたのでしょうか。

「なんか言ってくるのかな?ってのは思ったけどね。何も言わないんだ。離婚したいとも、この先どうするとかね。女房からすれば俺が何か言うのかって思ってたのかも知れないけどさ」

お互いに相手の様子を伺うだけで何も言わなかった、ということですが離婚を切り出されたら、どう答えるつもりだったんでしょうか。

「どうだろうね。女房が離婚したいなら俺は応じたかな。でも離婚に踏み切れなかったのは、今思えばお互い何の希望もなかったからだと思うんだよ。このまま一緒に居ても、思い切って一人になってもね」

奥さんと二人の生活。

ただ奥さんは娘さんが中学に上がる頃にはパートで働いていて、シフトの都合もありフミオさんと顔を合わすことはほとんどなかったそうです。

「ホテルのフロントでね、働いてるらしいんだ女房は。俺と顔合わさずに済むように早朝から昼過ぎまでのシフトが多かったね。だから娘のいた頃は朝食は俺と食べてね、夕飯は娘は女房と食べてたよ。娘が居ないとお互い一人で食べてね。何か言いたいことがあるとメモを置いてあったりしたよ。だから俺も何かあるとメモを書いてね。まあ、飯がいる、いらないとか飯の都合がほとんどだけど」

家庭内別居、といえる状態のまま数年が過ぎ、同い年の二人は50代をむかえました。

そしてフミオさんに転機が訪れます。

「突然だったね。前触れもなかった。まぁ、俺が知らないだけで陰じゃいろいろ言ってたんだろうけど」

フミオさんは全く予期していなかった下請会社への出向を命じられたのです。

今まで多くの先輩方や同僚が出向していった姿が浮かびます。第一線から退いた彼らのように、出向とはいえ、もう戻る場所が残っていないことを意味していました。

「なかなかのショックだったね。思えば俺のやり方はだんだんと時代に合わなくなっていたんだ。それは薄々感じることはあった。出世するのはさ、良い仕事や結果を残したからじゃないんだ。プラスが評価されるわけじゃない、マイナスを作らないヤツが評価されるんだ」

会社に残ったとしても居心地が悪くなるだけだと、不本意ながら出向を受け入れることにしたフミオさん。

「今まで下請けとして使ってきた連中がさ、同僚になるんだよ。向こうもやりにくいし俺も最初はどんな顔しようかと悩んだよ。でもそんなこと考えるより一線を退いた人間の最後の悪あがきを見せてやるって思い直したんだ。俺の実力を見せてやるってね」

しかしフミオさんが仕事に熱心に取り組めば取り組むほど、周りが冷めていくのが分かりました。

「こいつらも同じなんだ、そう思ったよ。仕事のクオリティや成果を上げることを目指さないんだ。普通に終わればいいんだよ。普通以下でも見た目がそれなりならOK、ってね。余計な労力は使わないで仕事が終わったらプライベートを充実させましょう、ってね」

フミオさんは自身が入社した頃を思い出していました。

必死で付いていかなければ取り残されそうな緊張感の中で、経験と知識に基づいた高い技術によって保たれる品質。時に熱い議論が交わされる真剣な場所。

「高い品質なんて、求められていないんだ。検査をクリアできれば誰に文句を言われることもない、和やかなチームワークを求める場所が今の現場なんだ」

冷めた力ないフミオさんの眼差しは、何度も失望と向き合ってきたことを物語っていました。

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この記事を書いた人

〖プロフィール〗

〖妻と愛犬と暮らす50代サラリーマン〗

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