恵まれた生活より…愛犬と歩む人生を選んだ女性④

青空

初めて付き合った彼女と、【他に女ができた】と、別れてしまった息子。
息子の頬を叩きながら真っ当に生きてほしいと願う里子さん。

そして新たな予期せぬ出会いが、里子さんに訪れます。

「その後、息子は【他の女】と別れたようでした。私が叱ったからか大学受験のためか理由は聞きませんでした。ある朝息子が朝食をとりながら【俺、もう別れたから】とボソッと言ったんです」

そして息子は高校三年生になり、夏が来て秋が過ぎ、年始には共通一次試験を受けることとなりました。

「息子をサポートしながらいつの間にか12月になっていました。その年の12月は寒い日が多く朝の畑は身体の芯まで凍えるようでした」

そんなある日の朝、ビニールハウスの脇で白い猫のような生き物を見つけました。

「こんな寒い所に猫が居るのが不思議だったんでひょっとしたら死んでいるんじゃないかって近付いてみたんです」

すると足音に気付いて体を起こした姿は猫ではなく真っ白な犬でした。

「驚きました。今は野良犬なんて田舎でも見かけませんから。犬は立ち上がってこちらをしょんぼり見つめた後、また座り込んでしまったんです」

その日、Mさんとお昼を食べながら野良犬のことを報告しました。するとMさんも気付いていたようで、半月くらい前から朝ハウスの近くに何か居るなと思っていたそうで、

「でもね、朝だけなんだよね。昼頃には居なくなってるよ」
とのことでした。

知っていたなら教えてくれれば良かったのに、と思いながらもあまり近付くこともない場所だからだと里子さんも一人納得していました。
それから気になってそのハウスの脇を時々見るようになりました。Mさんの言う通り昼になると姿が見えなくなって朝にはちゃんと戻ってきていました。

「その真っ白な犬を見て思い出したんです。まだ小学校に上がる前、友達の家で産まれた真っ白な子犬をどうしても飼いたくて連れて帰って来た事を。すぐ親に見つかって、返して来い、って言われて。家では生き物は絶対飼わないって。泣きながら何度もお願いしたんですけど父も母も絶対にダメだって全く取り合ってくれませんでした」

そのうち真っ白な野良犬もどこかに行くだろうと思っていたのですが…
年末になっても年が明けても同じ場所に現れていました。

「毎日来ているのは分っていました。近づくと耳を傾け力のない目で見つめてくるんです」

Mさんも毎日来ているから保健所に連絡しようか、と考えていたようです。でも殺処分されるだろうし実害も無いからしばらく様子を見ようということになりました。

「誰か面倒見てくれる人いないのかねえ」
そう言うMさんは猫を二匹飼っていて、これ以上は飼えないとのことでした。

もちろんこの先家を出ることを考えている里子さんにとっても無理な話でした。

そして無事東京の大学へと進路が決まった息子。送り出す準備をする里子さん。

「進学が決まった息子には送り出す前に全て話しておこうと決めていました。説明して渡すものもありましたから」

元夫が出かけた日の夜、話があると里子さんは息子をリビングに呼びました。

そして目の前に預金通帳を出し、生活費として毎月元夫に渡された中から将来のためにと息子の名義で預金したお金の額を見せました。
この預金は、18年間貯めたお金の全てだと説明しました。そしてこのお金が、どうやって工面できているかということも。元夫や義母、会社のこと、もう理解できる年になった息子に全て正直に話しました。

「元夫や義母がしていることは多分珍しいことではないかも知れない、ただこんなやり方をしているツケが必ずどこかに返ってくると。お父さんやお義母さんのやり方に何も言えなかったお母さんは否定する資格もないと思っているって。
すると息子が言ったんです、 じゃあこの金を俺にどうしろっていうの?って」

そして里子さんは離婚しようと思っていると伝えました。だからこのお金を持つことはできない、息子の判断に任せると。
息子の反応は鈍く、混乱しているのか俯いて頭を撫でた後、「やっぱりなぁ」と呟きました。

「そんな気は前からしてたよ、親父も家庭的じゃないし母さんもずっと前から諦めてる感じだったし。でも不自由なく育ててくれたことは感謝してるよ、って息子に言われたんです」

するとしばらく考えた息子は

「分かった。この金は受け取るけど俺もいろいろ考えてみる。社会に出て自分の力でやってみてその後この金をどうするか決めるよ」

と、息子は真っ直ぐに里子さんを見て言ったそうです。

あとはこの子が、自分の目で社会を見て判断してくれればいいと里子さんも納得しました。

家を出る息子。送り出した里子さんのこの先の人生は…

そして桜が開花し始める頃、大学に進学する息子を送り出しました。

これから東京のアパートで一人暮らしを始めます。

家に残していった息子の荷物を整理しながら、これでこの家での役目を終えたんだと里子さんは長かった18年を思いました。
息子が真っ当な人間になるように、そう願ってきた18年。

仕事は変わらず続けていました。変わったことといえばあの野良犬のことです。
Mさんにも言わずに里子さんは餌を与えるようになっていました。

「餌を与えるようになって少し目に力が出てきました。私の顔を見るとキュウって鳴くんです。なのでキュウって名付けていました。キュウご飯だよ、って」

そしてある日実家を訪れた里子さん。いつかはと思いながら後回しにしていた離婚しようと思っていることを伝えるためでした。

里子さんが話すと母親は少し考えてから、

里子がそう思うなら反対はしない、後悔しないように、と言うと
「家出てどうするんだい?行くあてでもあるの?」

そう聞かれて古くてもいいから一軒家を探してる、と言うと

「じゃあここに帰ってきなさいよ。私もまだまだ里子の世話にはならないから」

少し迷った後、里子さんは
「そう思ったけど無理だと思う。犬を飼うことにしたから」

犬?不思議そうに母親は里子さんを見つめます。

「職場にね、野良犬が居るんだけど懐いちゃって。名前も付けちゃったしね。この先不安な者同士で一緒に暮らしてみるのも良いかなって」

犬かあ…いいよじゃあ一緒に連れてきても

「ん?って思って、珍しく冗談なんか言うようになったんだね、って。すると冗談じゃないって言うんです」
昔あれだけ反対したじゃない、と母親に言うと

あー、って思い出して、
あれはお父さんが絶対にダメだって言ってたからだって。私は犬は大好きだよ、って

「笑ってしまうくらい力が抜けましたね。いろいろ真剣に悩んでいたことが解決して一気に力が抜けました」

翌日、Mさんに事情を話しキュウを保護した里子さん。動物病院で見てもらうとキュウは推定4歳だということでした。

「どういう事情であそこに来るようになったか分りませんが、おそらくキュウは飼い犬だったんだろうということでした。ある日事情があって帰る場所を失ってしまったんです」

実家にキュウを連れて行き、身体を洗ってブラッシングをすると汚れていた身体が綺麗になって真っ白く生まれ変わったようでした。
「実家に戻ることも決まって準備が整ったと思いました。後は元夫と義両親に話すだけでした」

そして元夫と義両親に離婚したい意向を伝えることに

「元夫と義両親に話すと最初は強く引き留められました。元夫には結婚してからずっと私を裏切っているのは知っていると言ったんです。
すると毎日元夫は私に謝罪するようになりました。一ヶ月くらい続いたと思います」

しかしその後、意思が変わらないと見ると急に態度を変え全く里子さんの話を聞かなくなったそうです。

私は別に財産も何も要らない、私の話は聞かなくてもいいから息子が大学卒業するまでは費用を面倒見てやってください、と里子さんがお願いすると元夫は

「お前に心配されなくてもやるよ、何の力も無いくせに偉そうに心配するな」

そう言い放った元夫が、初めて本気で感情的になっていると思いました。
本当に何の力も無いのは私じゃなくあなたの方だ。でもこの人は一生気付くことはないだろう、そう里子さんは思いました。

それから洋服以外ほとんど何も持たずに家を出ました。

「元夫や義母とって私は理解できない人間だったでしょうね」
当時を振り返りながらそう話します。

「私とキュウは同じ放り出された者同士です。一緒に幸せになろうって心に誓いました」

そして長年残っていたモヤモヤが心の中からやっと消えていく気がしました。
目の前に広がる青空のように心が澄み渡っていくのを里子さんは感じていました。

ー完ー

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この記事を書いた人

〖プロフィール〗

〖妻と愛犬と暮らす50代サラリーマン〗

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